車上生活で本を書く 青井硝子のケイトライフ

軽トラック上に家をDIYして車上生活する方法や、住所不定のままお金を稼ぐ方法、小説家になる方法などを記録していきます。普段は川原でBライフ的田舎暮らしをしたり、都会の駐車場にモバイルハウスで生活してます。ノマド生活や肩肘張らない起業に興味ある方はぜひ。

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大前研一「低欲望社会」を読んだよー

年がいっている人ってこう考えるのか、と逆に新鮮だった。



この本の構成は、
まず今の世相を解説。著者の直観とデータの裏付け。
次に現状の安倍政権の政策が現状とどれだけズレているか、ズレたかを説明。
最後に著者が考える今後の日本の舵取りを演説。


がっつりマクロに関わって生きてきた自負のある人なんだなーということだけ理解したので、あとの分析は詳しい人に任せよう。
ただ一点、住居のことだけは自分もある程度詳しいので色々書かせてもらおう。


この本の論点は一つ。

「どうやって金を回すか」

その方法提示が覚えているだけで二つ。

①貯蓄を消費に回そうぜ
②労働集約させようぜ

ここでは貯蓄を消費に回す方法について、若い人からの視点で突っ込んでみる。



著者は「若者のDNAが変わってしまった、なんでそんなに欲望がないのか理解できない」みたいなことを言っているけれども、個人的にはそれはもう単純な話で。

金が尽きるとどうなるかわからないから。

これ。


体感だから人がどうかはしらない。ただ自分は月の固定費用(家賃と水道光熱の基本費)が収入の3割を超えると、息苦しくてしょうがなくなる。
職をやめたりしてキャッシュフローが一時的に途絶えたときに貯金ががっつりがっつり削られていく感覚は耐え難いものがある。
特に家賃。
何もしていないのに払わないといけないというのは、逆に言うと何かしていないと(働いていないと)いけないというプレッシャーを常に感じ続けるということで。
「消費の抑制作用」は実にそのプレッシャーから生まれているように思う。つまり、


①今後働けなくなるかもしれない恐怖
②金が尽きたときにどうなるかわからない恐怖


この二つがキーになっている。



今までの社会は、②の「金が尽きたときにどうなるかわからない恐怖」を元に労働者を働かせていた。わざと高い住宅に住まわせ高いレベルのライフラインを与え、金が尽きたらそれを取り上げられて路上に捨てられるという恐怖。これで首輪をつけていた。

しかし、それは①の「今後働けなくなるかもしれない恐怖」が小さかったからうまく作用していた。
終身雇用制度とセットになっていたからこそ。


現在は雇用が流動化し、ブラック企業がまかり通り、労働環境は熾烈を極め、ネットのせいでその労働者の怨嗟が聞きたくない人の耳にまでしょっちゅう届いている。

ここに②の恐怖が加わると、「職を失っても次の職まで食い繋ぐために貯蓄しておこう」となる。
本質的には①②どちらの恐怖も過大評価なんだけれども、ネットのせいもあり集合的無意識として固定されちゃってる。


「低欲望社会」という題名がまさに物語っているように、著者はここの構造がまるで理解できていない。
低欲望なのではなく、恐怖が欲望に勝っているだけ。
というかそもそも欲望は安心感から生まれるものだということに気付いていない。

これを踏まえたうえで本の内容を見てみる。


>景気浮揚のために都心の建築規制を緩めて人をもっと住めるようにする

言葉を変えると、「労働が流動化したせいで①の職無し恐怖が増えた。ならば簡単に転職できる都心に人を集めればいいじゃないか」という話。

これについてはわざわざ言わなくてもそうなるのでは?
現に、普通のアパートを仕切ってカプセルホテルかタコ部屋みたいにしてるわけだし。
自分みたいにモバイルハウスを駐車場に止めてもいいよね。住み心地よかったよ杉並。

けれども、景気浮揚ということなら金を回さなくてはならないわけで。
都心に住宅を作ったところで、そこに住む人の稼いだ金は半分が家賃に消える。
家賃として回収された金は、それが都心なら少数のお金持ちに吸収される。
金余りが問題だっつって、その金を余らせてる人の懐に金を入れても景気浮揚にはならない気がするんだけどそこどうなの?

それに、既にあるビルを改築するのは新しく建てるよりずっとコストかかるし面倒くさい。積み木じゃないんだから。東京ジオフロント構想と一緒で机上の空論に聞こえる。

(ってことで、ここまでこの本の批評。ここから持論展開)

それよりは、千葉や栃木、群馬、山梨などの土地が余っているところに「家賃は必ず払うものだという思い込みから解放された人」を大量に移住させるほうがいいのでは?

金がなくても大丈夫な人、つまり②の「金が尽きたときにどうなるかわからない恐怖」が少ない人を増やせば、稼ぎが消費されて市場に出回る率も高い。なぜなら家賃として富裕層に吸収されないから。

余暇の時間と余った土地を使って新しい価値を生み出すだろうし(現にアフィリエイトなどの広告的価値は既に発生しているし)、ネットとの親和性も高いからフォロワーとなる人を呼び込みやすい。

問題は、そんな期待するほど消費も労働もしないことだけれども(笑)
首輪ついてないからね。


まとめると、
・高ライフラインを持つ中流労働者は、終身雇用とセットだった。
・高ライフラインを持つ中流労働者は、流動性の高い労働市場に耐え辛い。
・グローバル化とかで労働市場を流動性の高いままにしておきたいのなら、都心に人を集めるのではなく郊外に家賃を必要としない人たちを増やし、その低ライフライン下流労働者の可処分所得を市場に出回らせるのはどうか。


もちろんタコ部屋を増やすのも効果的だと思う。
景気が良くなるってのは高層ビルで夜景を見ながらワイン飲む系じゃなくて、駅の階段で頭にタオル巻いたおっちゃんらがワイワイ楽しく騒ぎつつワンカップ飲む系の話だからね。


あれ?
これもしかして、これの対偶をとると、高流動な労働市場を前提とした社会は低ライフライン下流労働者が占有するってこと?
ということは、逆に労働者の自由が増えるのか?
新しい社会に適応した労働者さんたちが生み出す文化や思想がどんな形になるか、今からすごく楽しみだ。


というわけで、自分も高ライフライン中流労働者にはなりたくないなぁ。
家賃のかからないイイ感じのベースキャンプを手に入れて、少しでも景気浮揚のお役に立てるように身を立てるでござる。にんにん。



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