車上生活で本を書く 青井硝子のケイトライフ

軽トラック上に家をDIYして車上生活する方法や、住所不定のままお金を稼ぐ方法、小説家になる方法などを記録していきます。普段は川原でBライフ的田舎暮らしをしたり、都会の駐車場にモバイルハウスで生活してます。ノマド生活や肩肘張らない起業に興味ある方はぜひ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ブログランキング・にほんブログ村へ

人の宗教を踏みにじることの快感について

人はとかく他人の宗教を踏みにじりたがる。
そこには、卵の殻をパリパリと指で潰すような、ある種の快感がある。



昔、モルモン教というキリスト教のカルト団体(金持ち用のキリスト教)と付き合っていたことがあり、そこでしばしばタダ飯をごちそうになっていた。

その晩餐の席で、ホストである二児の母が幸福の科学について失笑混じりに批判しだした。
その論調が、
「あそこの総裁?が言うにはね、『私は全知全能の神である!』って言うらしいのよ~。笑っちゃうわよねえ?」
という感じ。
で、それを聞きながら心の中では(おいおい自分のこと棚に……)とか思っていたけれども料理がおいしかったのでそっちに夢中になっていた。



またある日、今度は自分の話で恐縮だけれども、エホバの証人がハウジング(家々を訪ねて布教)してきた時があった。
ちなみに今軽トラを家と言い切った。


50代、おそらく営業畑出身だろうそのエホバの伝道者は、第一声で
「そこの自動車は目的があって作られたものですよね。だったらこの世界も目的があって作られたものですよね」
的な、……ミスリード、一般化、えー何て言ったらいいかわからないけどなんかこうtwitterで出回りそうな詐欺の手口っぽい勧誘の仕方をしてきた。

それに対して自分は「あ~よくわかります。おそらくあなた以上にそのやり口よくわかってます」的な返しをして、宗教の成立過程や解釈、一切は空であるとの持論、外側から見た宗教理論、を展開した。
そして、
「時代に合わせて宗教は変わっていくんですよ。そのID説みたいな解釈も時代と共に変わりますよ」
とまとめた。

すると彼は
「それって妥協ですよね」
と切り込み、

「じゃああなたは子どもを鞭で仕込んだのですか」
と返した。
続けて私は、
「子供を鞭で仕込むような宗教はごめんです。帰ってください。
 鞭で仕込んでいないのであればあなたと私の考えは同じです。
 特に布教してもらう必要はありません。
 鞭で仕込まず、且つそれは妥協ではないというならその論拠を示してください」
と畳みかけた。

エホバは聖書原理主義ということを知っていたので、弱点も良く知っていた。
彼はその後なんか無料の冊子だけ渡して帰ったけれども、私はその後ですごく後悔した。

先に書いた二児の母の幸福批判と、私のこのエホバへの当たり様は、根底の部分で似通っている。
つまりは、「卵の殻をパリパリ潰すような個人的快感のためだけに、相手が心の底から信じている精神的支柱を叩き折ってはばからない」というこの不遜。
こういう彼我の感情の不均衡から戦争の発端が生まれるんだ、おまえは歴史から何も学ばなかったのか、と自分を叱責したい気持ちでいっぱいになる。


そして厄介な事に、この卵の殻をパリパリ潰す快感というのは、自分自身の信じている信仰の補強になるのだ。厄介な事に。

色即是空、空即是色 (宗教なんて全部解釈なんだよ、つーかこれ自体もそういう解釈だから)という仏教の教えがある。
先のエホバの人との会話では、色即是空は伝えたかもしれないが、その後の空即是色については全く欠落していた。そればかりか自分でもまったく体現できていなかった。

つまり自分は、宗教なんて全部解釈の一つなんだという「宗教」にハマり込んでいたのだ。
だからエホバの人と対立が起こってしまった。



以上のことは自身の作風にも極めて顕著に滲み出ている。
これをメタ的に捉えて制御していかないと、もし幸運にして長いシリーズものになった時に終わり方締め方にもそれが出てしまう。それだけは避けなければならない。


一つ言えるのは、人の宗教をパリパリ踏みにじりたくなった時、それは自分の信じているものが揺らいでいる時だということだ。
これさえ意識しておけば、無駄ないさかいを起こす恐れはないとは思う。


ただし、それは問題の根本的な解決に至らない。




ブログランキング・にほんブログ村へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。