車上生活で本を書く 青井硝子のケイトライフ

軽トラック上に家をDIYして車上生活する方法や、住所不定のままお金を稼ぐ方法、小説家になる方法などを記録していきます。普段は川原でBライフ的田舎暮らしをしたり、都会の駐車場にモバイルハウスで生活してます。ノマド生活や肩肘張らない起業に興味ある方はぜひ。

ギャンブルを正当化できる論理と倫理感について

 FXをする。

 結論から言うと、FXは肯定的に見られるべきだ。



 ミクロ的な視点で見ると、小規模投資先で割のいいものが見つからないから、仕方なくしようと思っているだけだ。その程度のパッシブな理由なのだけれども。
 自分でリスク管理ができて、中間搾取が明瞭でなるべく少なく、現金化が容易なものがいい。

 だから、FXをする。



 しかし、そう決めた際にどうしても以下の文言が心の内面について回るのが不快だ。

「虚業」
「ギャンブル」
「価値を産み出さない」
「投資ではなく投機」
「投資(investment)と、取引(trade)は明確な価値の差がある」
「ゼロサムゲームどころではなくマイナスサムゲームでしかない」
「マネーゲームに走ると通貨クローナのように崩壊する。アイスランドはおとなしくサバ釣ってろ」

 などなど。
 いま現在の常識的に考えたらパチスロや賭けマージャンと一緒。するべきものじゃあない。



 そして、へそ曲がりな自分は「なぜそれをしてはいけないのか」というところまでしっかり説明されないと納得できない。昔からそういう性質だったし、兄もそうだから多分そういう家系なのだろう。

 だからここではFXカテゴリ二番目の記事として、FXを始める時におそらく誰もが通るであろう思想の疑義について、できるだけその疑念の雲を晴らしておこうと思う。

(正直、経済学部出身じゃないので力足りないと思います。疑問点や議論などはコメントにてお願いします)




 ではなぜそういうギャンブルはしちゃいけないのだろうか。



 ギャンブルはしてはいけないのか

 とりあえず道義的にしちゃいけないorすることに抵抗ある行為を思いつくままに並べてみる。


△▼△▼△▼△▼

パチンコ
スロット
競馬
競輪
競艇
競なんとか
賭けマージャン
賭けポーカー
賭けなんとかゲーム
転売
為替取引(FX)

△▼△▼△▼△▼

……あーこれはあかんわーヤバい匂いがぷんぷんしますわー。


↓次点↓
(してもいいことになってるしすることに抵抗はないけれど、構造が上とどう違うのか分からない行為)

△▼△▼△▼△▼

株のデイトレード
金貨収集
古物商
古本屋
雑誌拾い
賭けサッカー(toto)
宝くじ
ロト6
ナンバーズ
古美術商

△▼△▼△▼△▼




 個人的な価値観でしかないけれども、並べることで帰納的に浮き彫りになってくるものがある。
 あるなしクイズは苦手だけれども、ぱっと上記を見て思いつくのは


・身を持ち崩すリスクが高いか低いか


 かなぁ。前回のコメントにも指摘されていたし。
 あとは


・公的な利益が上がるかどうか


 だろうか。(他に視点があったらご指摘ください)



 身を持ち崩すリスクについては確かに高い。
 上の項は次点以下のものに比べて射幸感も没入感も格段に違う。ただ、それを持ち出すのであれば「自分でリスク管理できる」と言い張れる人なら自己責任で構わないということになる。
 実際、競馬や競輪なんかは自己責任でどうぞという認識で共通だろうし。
 というか身を持ち崩すリスクなんて人によって違うし尺度がアナログすぎて使いものにならない。


 「公的な利益」とは

 では次の視点、「公的な利益」だけで判断を行うのであれば、順番が変わってくるものがある。善悪の判断は国によるところが大きいし、これは尺度としていいのではないだろうか。

 公、をどう解釈するかにもよるけれども、ここでは『諸外国と金のみで比較した場合の、日本国』とする。いいかえると公的な利益とは、「日本が海外から金を巻き上げる行為」になる。善さは金の多寡で判断する。



■明確にダメなもの

パチンコ(隣国に金が流れることが確定しており、国防が危うくなる)
スロット(同上)

賭けマージャン(金が空回り、つまり価値を生み出さずに回ってしまうため)
賭けポーカー(同上)
賭けなんとかゲーム(同上)



■微妙にダメそうなもの

賭けサッカー(toto)
転売


■集められた金が公的に役立つことで許されているもの

競馬
競輪
競艇
競なんとか
宝くじ
ロト6
ナンバーズ
カジノ(新たな税収として期待されている)


■良いとされるべきもの

株のデイトレード(平均すれば株式市場全体の厚みを増す)
金貨収集(兌換紙幣は歴史上常に強い)



■判断保留。もしかしたら全然別の尺度があるのかもしれない。

古物商
古本屋
雑誌拾い
古美術商




 異論は多々あると思うけれど、一応の整理は付く。
 要は金を集めた後か集める過程で公的な役に立てばいいのだ。



 では為替取引(FX)は?
 どこに入れればいいのだろう。
 公的な役に立つ、とは一体何を指すんだ?



 国は今何を要求しているの?

 ここでマクロの要請(国が何を要求してきたか)を振り返って見てみる。


 そもそも「ギャンブルだめだよ働きなさい」という道徳的価値観がどこからきたかというと、おそらくマックス・ヴェーバーさんのあの長ったらしい著書「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神略してプロ倫(ヴェーバー『プロ倫』を超コンパクトに要約する)」で明らかにされ、それが資本主義と共に輸入されてきて、そして根付かず失敗し、新たに日本独自の価値観が醸成されたのだと思う。


 マックスさんのプロ倫は海向こうの人たちのキリスト教の変遷を追うとわかりやすい。
 資本主義の形成、成熟でどんどんとキリスト教の教義が変わるのが面白い。


 軽くまとめると、

 カトリックさんとプロテスタントさんがいました。
 カトちゃんは神の御名のもとで家族が喰えるだけの穀物を生産していました。
 しかし資本主義の根幹である「大量生産大量消費」をするためには工場が必要です(マクロの要請)。
 でもカトちゃんたちは「おれたちゃ神によって救われるんだ」と信じ切ってるから余剰分はあまり働きたがらない。
 じゃあってんで、

  →プロテスタントさんが工場を仕切り出す。

 プロテさんは「神によって救済される人は決まっていて祈っても何しても覆せないんだ」と考えるから、「天職によって救われよう!」と頑張って働く。働いた余剰資産を「より救われよう!」として資本投下、一極集中させる。相性が非常によく、資本主義が成熟する。大量生産大量消費、物量ごり押しで戦争にも勝てる。




 翻って日本に視点を置くと、

 物量ごり押しで戦争に負けました。坂口安吾の堕落論などがはびこる。けれども堕落し切るには人は強くない。旧来のルールの中で口当たりの良いものだけが再度自然発生してくる。
 国の体制はGHQによってごりごり改造されました。その際に資本主義だけが輸入され、付帯宗教のプロテさんは無視されました。もしかしたら一緒に輸入しようとはしたのかもしれません。でも根付きませんでした。
 自然発生してくるルールのなかで、「ムラ社会的な相互監視体制」が上記のプロテスタンティズムの代替をしました。その結果、終身雇用制度に代表されるガラパゴス的な、しかしとても有意義だった独自ルールまで生まれて繁栄を見ました。

 この歴史だと、『ギャンブルは堕落』つまり戦後直後に立ち戻る行為なので絶対やめろ、鉛玉と焼け野原はこりごりだ、となる。
 おそらくその感情が時間と共に風化し、ルールが形骸化し、「焼け野原も鉛玉も知らないけれどもおじいちゃんが言ってたからギャンブルダメゼッタイ」になっているのだろう。


 だがそれでは資本は回らない。

 プロテスタントさんは「余剰資産はどうなってもいいのでとりあえず救いの道である工場に回す」という行動原理を持っていた。
 しかし日本さんはというと、「おじいちゃんが言っていたから大事なお金をわけのわからないものに突っ込むのは反対」といって投資をしない。

 結果、貯蓄額だけが膨らんでいく。
 資本は回らない。



 同じ資本主義でも、内側に流れている宗教が根本的に違うことが分かる。
 そして両者とも間違いだったことが証明された。

 グローバル化の大波にざっぷんざっぷん洗われた結果、プロテスタントさんは「余剰資産はどうなってもいいので」というこの「どうなってもいいので」に足を掬われ、投資の仕方を勉強しなかった。結果、投資手法がずさんになって工場勤務に立ち返り、足の裏と懐の金をすり減らした。

 ムラ社会でせっせこ働いていた日本さんは、「おじいちゃんが言っていたから」投資自体をしなかった。
 これにはメリットもあった。幾度かの金融危機の波は日本に致命傷を与えるに至らなかった。
 しかしそれだと経済成長が頭打ちになった今、このままだと衰退の一途をたどるのみ。だから政府が年金とか国債とかで国民全員の貯蓄額を担保にして投資を頑張った。
 しかしなにぶんムラ社会なのでトップは腐っている。年金など杜撰だが成功した投資もあったことはあった。が、他多数の投資の失敗や前借金、あと政治の歪曲はぜーんぶ若者にしわ寄せされた。さらにムラ特有の村八分が行われ、それを発展させたブラック企業が続々生まれた。「再雇用なんぞされない、つまり村八分だ。そうなりたくなければ耐えて働け」がそれだ。



 んで、アメリカのプロテさんはそんなグローバル化の荒波の中でどうしたか。
 あっちもあっちで頑張ってて、討論とリフレーミングと宗教論争と聖書再解釈を繰り返した結果、既存のプロテではもうどうしようもないという結論に達し、とある畸形児を生み出した。


 その子の名前は「モルモン」さん。


 アメリカ内の大企業はこの状況をヤバイヤバイといって、今まで会社経営で培った経営論を、200年前に産まれたばかりの赤子同然の宗教にぶつけ、ごりごりゴリゴリ改造していった。プロテスタントに代わる、新たな資本主義の片棒としてキリスト教を生まれ変わらせるために。

 その結果、アメリカ内の大資本家トップ20のうち11人がモルモン教となり、資本の回し方や投資の知識はそこに集約されることとなった。



 そして日本はというと、まだその宗教を発明できていない。
 輸入すら出来てはいない。
 ただどうしていいか分からず、ぐだぐだと企業をブラック化させている。

 これは極めて由々しき事態だ。


 新しい宗教が、新しい教義が必要だ。



 →※国は余剰資産の自己責任による利活用を勧めている


 竹中さんや小泉さんがやりたかったことは、今まで官が行ってきた投資を民間でやってもらおうとしたのだろう。その方が腐れない。国も安定するし、郵政みたいにアメリカに掠め取られもされないし。
 今にして思えば、派遣社員も各種規制緩和も全部それの布石に見える。


 とまあ、マクロの要請、社会的な流れがアメリカとの比較で明らかになったところで、FXの立ち位置問題に戻る。



 ではFXはどう扱うべきなの?

 自分はFXを ■良いとされるべきもの
 あるいは ■集められた金が公的に役立つことで許されているもの

 の項に入れたほうがいいように思う。


 ただ、知っての通りFXはそれ単体では価値を産み出さない。
 円をドルに、ドルを円に交換しているだけだから。


 しかし、価値というのは極めて主観的なもので、その意味性はその人の宗教観や死生観にひどく左右される。人によっては射幸感こそ絶対的価値だなんて嘯くパチンカスもいる。アリストテレスさんの言ったような普遍的価値なんて存在しないし、あったとしても無視できるレベルだ。


 というわけで、FXの価値を勝手に意味付けしてしまおうと思う。
 無為の意味付けは語り部や小説家の特権なので。



 新たな価値基準と、それを認定する集団とは

 前述の通り、マクロの要請としては「宗教でもムラでも何でもいいから、とにかく余剰資産の投資を肯定的に見る新しい組織が絶対に必要」であるはず。


 おそらくこれは自然発生する。日本社会は今までだってそうしてきたし、これからもそうなるだろう。だからアメリカと違ってその集団が「プロテスタント」ーだとか「モルモン」ーとかの名前では呼ばれない。


 予想では、35歳を過ぎたSEの方々がその集団の主要構成員になる。
 知識は蓄えたが無理の効く体ではなくなった人たちが会社を卒業し、蓄えた知識とその才をフルに使って効率的な投資を行ってくれるはずだ。


 二番目の構成員候補は、就職氷河期がもう一度来て職にあぶれた学生が、何とかして身を立てようと上記のSEの人に教えを乞いつつ構成員になるパターン。これは上記SE集団が社会の受け皿として精確に寄与するようになったら、の話だけれど。



 今までの日本社会の変遷を踏襲するならば、そういう層が名付けられないままどんどん膨れ上がって、社会的な影響力が無視できないレベルにまで大きくなる。
 そうなったときに初めてなにがしかのレッテルが貼られ、それが名前代わりになり、社会的に認知されるのだろう。
 しかし、その際にマスコミや何かが勝手に恥ずかしい名前を付けて貶めることはままある。オタクがそうであったように。そうなると直で国家の損失に繋がる。その組織が受け皿になるか掃き溜めになるかは、回りのイメージ次第というのが日本社会の慣習だ。



 だから、ここで先に名付けておこうと思う。

  『OBSErver』

 SEのOBが組織し、職にあぶれた尖った若者をobserveし、チャートを監視し続ける者として、オブザーバー。イギリスのように有閑階級が政府を監視する、という意味も込められている。


 ちなみに歴史的に見れば、投資家は流浪の民から生まれることが多い。土地ごとに価値が違うから、流浪民は物を買い占めて別の土地で売る行為を積み重ねる。そこに投資や投機への適性が培われるのだろう。あと不動産を持てないから、自然に資産の回し方が身に付くという。土地を変えれば人間関係がリセットされるのも大きいのかもしれない。


 何が言いたいかというと、ケイトライフとオブザーバーは相性いいよねってことで一つ。



 既存の宗教との齟齬

 そうはいっても既存の宗教(労働こそ正義)とカチ合うのは目に見えているので、■良いとされるべきもの の次の項である■集められた金が公的に役立つことで許されるもの にまず入れておこうかと思う。
 この項に入るためには、「儲けたお金を何に使うか明言することで正当化される」というハッキリとした不文律があるので、それを明言しておかなくてはならない。



 というわけで、自分のミッションステートメントに次の文言を付け足そう。

「私はFX等に代表される投資投機を使いこなし、海外からお金を巻き上げ、それを子作りとオブザーバーの組織作りとケイトライフの普及に役立てます。それはゆくゆくは社会の受け皿の一つとなり、以って公の利益となることを約束します。」

 よし、これで心の内側からの文句は出てこないだろう。少子化問題にも絡めることが出来たし、次の社会の受け皿にも言及できたし、車上生活と相性いいし。うん。

 これを付け足すことで、自然とケイトライフのベースキャンプ構想も定まってきた。
 基本はマインクラフトのように広い土地に手作りの家を建て、畑を作る。そして鬱になった人用の駆け込み寺『SErver』を併設する。寺にはネット設備と投資関係の本、それと金融の師匠たる「住職」がいて、鬱が抜けたらいつでもそれで自立できる。『OBSErver』として。
 集めたお金は受け皿を広げるために使い、グローバル化する企業に付いていけなくなった人を集められるようにできればいい。
 またはそんなことに価値を見出さない人は、自分だけのシステムキッチンやふっかふかのベッド、紫檀のクローゼットや立派なオーディオセット、あとは家と土地につぎ込めばいい。稼げば稼ぐだけ住環境がよくなるというのは、希望の最も純粋な形だ。ひいては不動産投資にもつながるだろう。

 自分は流浪の民だけれども、そういう形で国に寄与できたらこんなに素晴らしいことはない。
 そう素直に思う。


 まとめ

起 FXってギャンブルじゃん! ギャンブル反対!
承 でもなんで反対してるんだっけか。ああ戦争に負けたからか
転 アメリカでは投資用の新しい宗教が作られたな。
結 日本でも新しい価値観生まれるんじゃね? よっしゃ俺それ作るわ!
 

 ……ここまで意味付けを振りくり回した上で、結局はギャンブルだということを肝に銘じておそるおそる手を出してみます。
 願わくは何かの歴史的試金石にならんことを。

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